ブルー・トレイン乗車記


ブルー・トレインはその優雅な待遇の程度と乗車券の値段が世界一高い、という一般的な評判であるが、今回機会を得て乗車する幸運に恵まれた(時期を選べばそれ程高く無い)。 5月から8月は南半球の冬(といっても日本の秋程度にしか気温が下がらない、暖かな気候であるが)のため国外からの旅行者が減るので、ブルー・トレインと一流ホテルを組み合せた非常に割安なパックが用意されているので、北半球は丁度休暇シーズンに当たる事とてこれを利用しない手は無い。

出発

朝8時過ぎに重要文化財に指定されているプレトリア駅に着き、構内に待機しているブルー・トレインを先ず一瞥する。コバルト・ブルーの車体に金色のアクセントを散りばめ、白い横線で流れを強調した重厚な列車に、流線型とスマートさを標榜する日本の新幹線には無い落ち着きと伝統を感じる。待合室で乗車券をもらい、荷物を預けて飲物のサーヴィスを受けるうちに、早くも8時50分の出発時間となる。カーペットを敷いた搭乗口から乗車して、自分の名札が挿入された個室に案内されると、ミネラル・ウォーターと花瓶が配されたテーブルには各乗客宛の個人的なメッセージが置かれ、それを読むうちに何時の間にか列車は動き出していた。急がせる様な笛の音も無く、非常に緩やかな発進の仕方には、乗客に出来る限り快適な旅を楽しんでもらおう、という細やかな心配りが感じられて気持が良い。

列車構成

個室はラグジャリーとデラックスの二等級からなり、ラグジャリーの方が少し大き目の作りで、費用も5%程高額になる。二台の電気機関車で牽引する一列車は18両編成で、二車両のラグジャリー車と九車両のデラックス車からなり、最高84人収容可能。二組の編成列車があり、相互にプレトリアとケープ・タウンから対抗方向に出発する。筆者の乗車したトレイン・セット1は最後尾にランドリー等のサーヴィス・カーが付くが、トレイン・セット2には展望車が付き、会議室としても使用され得る。又どちらの列車にも、身体障害者用の一部屋が設けてある。一車両の構成はラグジャリーの場合は三スイートとバトラーの部屋が付き、デラックスの場合には四スイートとバトラーの部屋が付く。列車の中程の9, 10, 11, 12号車は喫煙者用のクラブ・カー、厨房車、ダイニング・カー(42座席)、非喫煙者用のラウンジ・カーにそれぞれ当てられている。クラブ・カーとラウンジ・カーの中央にはバー・カウンターが据えられ、その両脇にソファーとコーヒー・テーブルが配置されていて、雑談に耽けったり、雑誌を読んだり出来る。列車の内部は全て金色と褐色の厚い絨毯で覆われている。

個室内装

個室の内部はダブル・ベッドとトゥイン・ベッドの両タイプがあり、ベッド・サイド・テーブルもそれに応じている。内壁は濃褐色の樫の羽目板で覆われ、右手の壁にはベッドが組み込まれ、左手にはトイレ/浴室が扉の向こう側に備えてある。隣室との壁の間は特にシールされ、音が漏れない工夫がされている。静んだ青色のソファーと同色の足乗せが、折畳み式の窓際のテーブルの一方に置かれ、茶褐色と薄黄色で装飾された椅子がそれに向き合って並ぶ。部屋の幅一杯の広々とした窓は、紫外線避けの金の微粒子を含んだ二重ガラスからなり、ヴェネチアン・ブラインドと覆いの付いた赤褐色のカーテンで飾られている。部屋の入口の左手には、洋服掛けや靴棚があり、セイフティー・ボックスも備付けてあるが、部屋の鍵と同様、その使用は殆ど強調されない。乗客の人数が少ない上にその質が限られており、更に各車両に24時間勤務のバトラーが付いているので、盗難は無いとの事である。洋服掛けの上にはテレビが据え付けられ、列車の進行方向の景色を部屋にいながら見られる外に、4つのヴィデオ・チャネル、3つのラジオ局、4つのCDチャネルを選択出来る。ブラインド、テレビ、床下暖房を含む空調設備の操作は全て座ったままリモート・コントロールで可能。又枕元には携帯電話が備えてあり、他の部屋との交信やバトラーの呼び出しに使用する。浴室は便座と洗面台が向き合い、その奥にシャワー・ルーム或いは浴槽があるが、浴槽は進行方向に直角の向きなので、十分な長さが無く窮屈である。洗面台と浴槽の隅には5種類の化粧洋品が二組備えてある。

バトラー

発車と共に、如何にもアフリカ的な模様の制服を身に付けた部屋係のバトラーが巡回して来て、車内の設備や各種サーヴィスに就いて説明してくれる。ブルー・トレインの名前入りのペンや葉書と共に、同じく名前入りの小型の置き時計、ガウン、スリッパも土産にしても宣しい、との説明に思わず顔が綻ぶ。尤も費用の一部ではあるが。部屋係のバトラーは飲食物を部屋に運んでくれるばかりか、靴磨き、アイロン掛け、ベッドの準備と片付け、浴室の掃除、スーツ・ケースの保管にも当たってくれる。
続いて飲食係のバトラーが回ってきて、食事時間の案内をする。今回は満員では無いので、全員一度にレストランに座れるとの事である。ブルー・トレインの乗客になると、待合室から始まって終着駅を出るまで、全ての飲食物は無料であり、食事の合間の飲物やスナックは何時でも用意されている。昼食と夕食の開始時間はスピーカーで案内される。

ラウンジ・カーにて

荷物を整理してから、ラウンジ・カーに移動し、熱心に乗客の注文を訊きに来るバーテンダーのサーヴィスを受けながら、広々とした車内で寛ぐ。発車してから一時間程は余り印象的でない郊外の風景が続くが、その後は広大な地平線が見渡せる大陸的な光景に変わり、シェリーを片手に思うさま心を開放出来る。牛や羊は余り望見出来ないが、牧場らしい原野が続き、国土の三分の二がカルーと呼ばれる乾燥した地形にある事を思い出させる。時々通過したり、停車する駅で見掛ける乗客の数は非常に少なく、かなり荒廃した駅舎やプラットホームと、線路沿いに散乱する無数のゴミは、この国でも鉄道産業が衰退している事を伺わせる。マネジャーが巡回してきて、乗客一人々に主な予定や沿線の特長を伝える。さすがに世界一と称されるだけあって、マネジャーからバトラー迄全員良く訓練されており、積極的に乗客に奉仕しようという意欲が明らかで、一般的にはぶっきらぼうな印象を与えがちな南アフリカでは別社会の趣がある。

昼食

間も無く昼食のアナウンスがあり、全員食堂車に集まる。テーブルは進行向の左手に四人用の、右手に二人用のセットが並ぶ。糊の効いた真っ白なテーブル・クロスが眼にしみるし、窓際の一輪差しの花瓶が雰囲気を更に盛り上げる。少し辛口の白ワインを楽しみながら、軟らかく煮たカルー・ラムをメイン・コースにした三品コースを平らげる。パリッとした制服のバトラーが細かく気を使ってくれて、心地良く酔う。食後はラウンジ・カーに移り、寛ぎながら濃いコーヒーを振る舞ってもらう。至福の一時である。

キンバリーにて

夕方四時半頃、線路の右手に大きな干潟が見えてくると、フラミンゴが見えて来るとのアナウンスがあり、全員通路側の窓辺に集まる。数百羽のピンクと白色に染まった鳥が水辺で餌漁りをしているのが見える。列車には慣れてしまったのか、逃げもしない。続いて五時頃、ダイヤモンド・キャピタルとして有名なキンバリーに到着すると、鉱山博物館に案内してもらう。駅で地元のシェリーを試飲してからバスで町の方へ少し走り、前世紀末の修復した路面電車に乗り移って博物館に行く。道路沿いのかなりの建物と博物館内の全ての建物はヴィクトリア朝様式を保ち、今尚使われている興味深い街並である。鉱山博物館の主要なアトラクションは、砂利に混じっているダイヤモンドの選別(見つけた人は原石を記念品と交換する。原石は持ち出せない。)、人手で堀った世界最大の穴ビッグ・ホール、有名なダイヤモンドの複製の展示等である。専属のガイドが付き、構内にはブルー・トレインの乗客しか居ないのは特典であるが、冬期の事とて日没が早く、物事が良く見えないのが難点である。バスで又列車に戻り、暮れなずむ町を後にする。

晩餐

シャワー或いはバスを使って間も無く、七時半頃夕食のアナウンスがある。全員正装を着用しての晩餐である。先ずラウンジ・カーに赴き、サン・ダウナーを一杯やる。ゲーム・ドライヴに行っても、観光中でも、日没と共にその日の無事な活動を祝して一杯やるのが南アフリカでの習慣となっている。今回はビールを取る。仕事熱心なバーテンダーが直ぐツマミと一緒に持ってきたので、ウッカリしていて食前にも拘わらずツマミも全部食べてしまい、後で正餐の時に後悔するハメとなる。南アフリカには十種類位のビールがあるが、どれも旨い。湿度が低い所為か日本製のビール程ホップは効いていないが、皆味が深い。
程良い所でダイニング・カーに移って正餐に取り掛かる。ワイン通と呼ばれるには未だ程遠い所為か、無数の赤ワインの違いが良く分からないので、白の辛口を頼む。白にも無数の銘柄があるが、ワインを始めた人には白の違いの方が判別し易い様である。ブルー・トレインで出すワイン・リストには数種類の赤と共に白のドライ、セミ・スイート、ロゼーがそれぞれ数種類載っている。キング・クリップと呼ばれる身のしまった魚料理が白ワインと良く合い、会話も弾む。テーブル脇の小さいランプが暖かい朱色の光を投げ掛け、ウエイトレスは昼間と違う制服を着用し、浮き立つ様な車内の雰囲気に色を添える。見回すと、蝶ネクタイを締めた紳士や、肩と腕をあらわにした淑女は殆ど居ない。そこ迄フォーマルにする程の事も無い、と皆感じるのであろう。又若い人の数も少ないのは、乗車券の高さに恐れをなして、始めからバーゲン・ティケットなぞ探してみなかったからであろう。乗車以来の飲み続け、食べ続けで、しかも全然運動をしないので余り食欲が進まないのが残念であるが、アイスクリームにチョコレート・ソースを掛けてデザートとし、ラウンジ・カーに又戻ってコニャックを頼む。香りの良いブランディーに続いて、南アフリカの特産ロイボッシュ・ティーを注文する。このカフェイン無し、タンニン微量の植物を溶かしたものは健康茶としても有名であるが、食後の様にアッサリしたもので口中を洗うのにも最適である。

就寝

フト気が付くと真夜中に近く、対抗にケープ・タウンからプレトリアへ向かう別のブルー・トレインと擦れ違う時間が迫ってきたので、是非それを見る迄起きていようとは思うものの、瞼がどうしようもなく重くなり、諦めて個室に戻る。食事中にバトラーが作っておいてくれた、糊の効いたシーツとフカフカの上掛けのベッドが部屋中に拡がっている感じで、枕元の水差しとチョコレートには目もくれずに、漸く待望のベッドに潜り込み、眠りに落ちる。

朝食

目が覚めると、どうも未だ寝足りない感じがするものの、もう一度眠る事は出来ない。列車の振動が予想以上に大きい事が早く目覚めた原因の様である。東海道本線と同様な緩衝装置を施してあるそうだが、どうやらレールその物の敷設の仕方に改良の余地がある様で、それも巡行速度を90km/hに抑えてある理由の一つであろう。仕方無くカーテンとブラインドを開けると外は未だ真っ暗である。ヴィデオは何もやっておらず、列車の進行方向の景色も冴えないので、暫くは音楽を聴く。七時頃になってやっと山の輪郭が分かる程度に外が白み出す。シャワーの後、廊下に出てみても誰も見えない。所在無さに食堂車に八時頃行くと、他の客は一人だけで残りは未だ睡眠中とみえる。その太い神経に羨望を感じつつ、ゆっくりと朝食を取る事にする。普通のホテルでは朝食はセルフ・サーヴィスで好きなものを取れるが、車内では場所が狭く、色々な物を置けないので、昼食や夕食同様バトラーが注文を取りに来る。列車は13kmの長いトンネルを含めて四つのトンネルを潜り、ブドウ畠が両側に続くヘックス・リヴァー・ヴァリーを下りつつある。青い空、岩が剥き出しの山頂、緑色の山腹、茶褐色のブドウ畠の組合せが見事である。時には山頂に雪が積もって白色も色合いに加わるそうで、その時は素晴らしい景色となるであろう事は容易に想像可能。時間を十分に掛けてコーヒーを二杯も飲んでも、未だ二組の客が加わっただけである。

緑の景観

個室に戻ると、機敏なバトラーが既にベッドを片付けておいてくれ、歯を磨いてソファーに腰を下ろすと直ぐにケープ・タウンの朝刊を配達してくれる。何処かから覗いているのではないか、と思われる位小気味良いタイミングである。序にロイボッシュ・ティーを持ってきて貰って、窓外の景色と新聞を半々づつ見ながら午前中を過ごす。前夜降雨があった模様で、緑が輝く。海岸から100km位迄の内陸部は冬に雨の多い地中海性気候なので、列車の出発したプレトリアとは違い、西ケープでは夏の様に草木が青々としており、目に心地良く映る。又青い山々が遠く、近く列車に迫り、枯れた緩い起伏を繰り返す東部の地形よりは非常に新鮮に見える。更に又小川が幾つか散見出来、乾燥した内陸部と比較して、目に気持良いばかりではなく、その土地に住む人々の心情にも潤いを与えるのではないかと推察する。
そうこうするうちに、テーブル・マウンテンが左前方に見えてくる。列車の進む方向がテーブルの縁に平行なため、海の方から撮った写真の様には見えないが、町の背後に屹立する絶壁と平らな頂上が直ぐそれと教えてくれる。右の方に延びるライオンズ・ヘッドが前面に広がる。晴れた日の正午頃とて、全てがくっきりと輪郭を描き、荒々しい岩肌と濃緑の樹林が好対照をなすばかりか、更にそれらの自然と人工的な家屋やビルディングとが対照をなし、圧倒的に素晴らしい景観として窓ガラスの枠に収まる。確かにケープ・タウンは景色に恵まれた町である。

到着

ケープ・タウンに間も無く到着とのアナウンスと共に、バトラーが各乗客の名前入りのブルー・トレインの乗車証明書兼感謝状を配って歩く。それからバトラーがスーツ・ケースを集めにやって来て、下車に備える。最後の名残を惜しみながら窓から眺める内に列車はケープ・タウン中央駅に12:15に静かに滑り込む。15分の遅れであるが、案内書に断わってある様に、到着時間はさほど重要ではないし、又気にする人もいない。青い絨毯を踏んで列車に別れを告げ、待合室で荷物を受け取ると、プレトリアからの27時間に及ぶブルー・トレインでの印象的な旅の終りである。